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音楽業界に衝撃が走ったが、それだけに囚われるな。
芸能情報コラム / KOJI(qtdreamjp)
全聾作曲家・佐村河内守の別人作曲騒動、問われる違法性、損害賠償請求の可能性も
http://biz-journal.jp/2014/02/post_4079.html


 2月5日、「全聾の作曲家」「現代のベートーベン」として知られる作曲家の佐村河内守氏の代理人弁護士が、「十数年前から本人ではなく、別の人物が作曲していた」ことを報道各社にファクスで明らかにし、衝撃が走っている。
 代理人によると、これまで佐村河内氏本人がすべて作曲したとしていたが、実際には佐村河内氏は曲のイメージや構成を提案し、別の人物が作曲していたという。この人物は作曲家として表に出づらい事情があったようだともしている。
 これを受け、18万枚のヒットを記録した『交響曲第1番 HIROSHIMA』などCD3枚、DVD1枚を販売していた日本コロムビアは5日、それらすべてを出荷停止すると発表。また、昨年3月31日に放送されたNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家~』で佐村河内氏を特集したNHKは「放送当時、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした」と釈明した。
 佐村河内氏は、被爆2世として広島に生まれ、35歳の時に聴力を完全に失い、それ以来「絶対音感」を頼りに作曲しているとしていた。また、ソチ五輪でフィギュアスケートの高橋大輔選手が演技で使用する「ヴァイオリンのためのソナチネ」も別人が作曲したものだという。
 5日になって突如代理人が今回の騒動を明らかにしたのは、本日(2月6日)発売の「週刊文春」(文藝春秋/2月13日号)がこの事実をスクープし、『全聾の作曲家はペテン師だった!』と題した記事を掲載することがわかったからだ。全8ページにも及ぶ文春の記事では、実際に作曲を手がけていた桐朋学園大学作曲専攻で講師を務める新垣隆氏が実名で告白。2人の特殊な関係性や佐村河内氏の“偽りの作曲過程”が詳細にレポートされている。必読の内容だ。
 文春の記事によれば、普段は街のピアノ教室の発表会の伴奏やレッスンの伴奏をするなどしていた新垣氏が、ようやく桐朋学園大学非常勤講師の職を手に入れた1996年、まだ聴覚障がいがなかった佐村河内氏から、氏が楽譜に強くないため、映画音楽用の短いテーマ曲をオーケストラ用の曲に仕上げてほしいと頼まれ、引き受けたのがきっかけだったという。この時、佐村河内氏の「ぼくの名前で発表したい」という申し入れを受託した新垣氏は、自らが作曲した音楽が多くの人に聞かれることが「純粋に嬉しかった」そうだ。だが、一方で「今から思えば浅はかだった」「どうせ売れるわけはない、という思いもありました」など、複雑な思いも吐露している。その後ゲーム『鬼武者』のテーマ曲が話題となった頃、突如、佐村河内氏から「全聾になった」と告げられたというが、最近の新垣氏との会話では手話などを使わずに「自宅で私と会うときは最初から普通の会話」だったという。
 ではなぜ今回、新垣氏は実名で告白したのか。記事では、何度も世間を欺くのをやめようと諭した新垣氏に対し、佐村河内氏が、「新垣氏が曲を作らなければ、妻と一緒に自殺する」といった旨のメールなどを送ったため、取り返しがつかないことになる前に公表したという。文春の取材に対しても佐村河内氏は、事実を公にされるなら「死して詫びるしか選択肢はないのですね」などと書かれたメールを返信している。

●佐村河内氏が背負う法的責任は?
 今回の騒動は、佐村河内氏と新垣氏だけの個人間の問題にとどまらない。これまで多くの人たちが特殊なバックボーンを持つ佐村河内氏の楽曲であることを踏まえて、CDなどを購入したり、その作品や活動を支持したりしてきたはずだ。そんな、周囲を欺き続けた佐村河内氏に法的責任はないのか? 著作権などの知的財産権に詳しい骨董通り法律事務所の福井健策弁護士に話を聞いた。
 「報道されている通り、佐村河内さんが曲のコンセプトや構成を提案しただけだとすれば、本人が作曲したとは言えませんし、曲の著作権も実際に作曲した人が有し、著作者となります。ただ、有名人などが著者として本を出すときなど、著者本人ではなくゴーストライターが書く場合は少なくありません。こうした際は、ゴーストライティング契約を結ぶのが一般的です。今回、両者間にどのような合意があるかは現時点で不明ですが、ゴーストライティング契約では実際の著作者(ゴーストライター)の権利を著者に譲渡するという内容になっていることが多いです。また、契約内容にかかわらず、著作者人格権(編注:著作者の人格的な権利を保護するもので、『氏名表示権』などがある)は著作者に生じますが、名前を公表しないという契約にしていることもあります」
 実際の著作者である新垣氏がどのような権利を有するかは、両者の契約内容次第ということになるようだが、ファンが「騙された」と民事訴訟を起こす正当性については「理論的にはあり得ますが、CDの価格と裁判の費用を考えると、損害賠償請求を起こすのはあまり現実的ではないですね。あり得るとすれば、むしろレコード会社などでしょうか」という。
 さらに、刑事的責任については「大正時代にゴーストライティングの判例がありますが、その時には無罪となっています。ただし、現行の著作権法121条には『著作者でない者の実名又は周知の変名を著作権者名として表示した著作物の複製物を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処す』とあります。佐村河内さんの行為は、彼の作品であると期待して対価を払ったレコード会社やCD購入者からすれば困ることなので、違法の可能性はあります」との見解を示す。
 しばらくの間、世間やメディアを騒がせることになりそうな今回の騒動。法的追及以上に、佐村河内氏が大きな社会的な制裁を受けることは想像に難くない。身から出た錆とはいえ、文春に佐村河内氏が寄せたコメントのような軽率な責任の取り方だけはしてほしくないというのが、誰もが一致する願いだろう。



今、日本ではソチ冬季五輪でいくつのメダルが取れるのかという話題や東京都知事選挙などが、世間を賑わせている。そんな中、日本だけでなく、世界の音楽業界全般を揺るがす大きな事案が発覚した。これは事件といってもいいぐらいである。
それは、全聾の作曲家や現代のベートーベンとして知られる男性が実は、作曲せずにゴーストライターに曲のイメージなどを伝えて、作曲を依頼していたという事実を実際に作曲を依頼されていたゴーストライターが週刊誌に告白し、その週刊誌が発売される前にこの「作曲家」の男性が代理人を通じて、メディアにFAXで告白した。
この中で衝撃的な事実と言えば、音楽ジャンルが文化的に後世に残りやすいクラシックと言うジャンルであることも衝撃をさらに大きくしてしまっている。
ポップスの中には、盗作疑惑が発覚し、メディアなどから痛烈な批判にさらされるアイドルやアーティストがたまにいる。しかし、今まで、日本のクラシック界においては盗作はおろか、ゴーストライターがいたということで、こんなに大きな騒動になったことはない。
ソチ冬季五輪が始まる直前であり、また、通常国会の予算審議が行われているこの時期に出てくるタイミングというのは、意図的であると感じざるを得ないが、真相はわからない。
だが、これによって大きく影響を受けるのは、この「作曲家」が作曲したと信じて、音楽を購入したファンやCDを制作したレコード会社関係者であろう。そして、何よりも、最初は軽い気持ちで引き受けてしまったゴーストライターを務めた男性であるのかもしれない。
依頼されたゴーストライターが世間を欺き続けることに良心の呵責を感じ、「作曲家」の男性に止めるように申し入れていたにも関わらず、自殺をほのめかして、拒否していたということが事実であるならば、この「作曲家」の男性は何とも罪深い男と言える。
だが、この異様な過程で公表され続けてきた楽曲は、多くの音楽家たちに好評であり、ゴーストライターのセンスの高さと曲のクオリティが高いことを証明しているのかもしれない。そして、純粋に音楽を楽しむことがこのことで阻害されてはならない。
しかし、この騒動によって、楽曲を楽しむ機会を奪われてしまったことは事実であり、大きな損害が出てしまったのも事実である。
今回の騒動の根幹において、忘れてはならないのは、ゴーストライターによって作曲されたことといううわべではなく、なぜ、このような異様な構図によって、楽曲が生み出されてこなければならなかったのかということであり、また、作曲家自身が本当に全聾であるのかどうかということにも追及されなくてはならない。
ゴーストライターが実際に謝罪会見で明かした事実の中で、衝撃的なのは、全聾とされている「作曲家」の男性は、耳が聞こえているのではないかということと、「作曲家」自身の音楽的な技術が未熟であったのではないかということである。
もし、これが事実であるならば、「作曲家」の男性が受けていた障害認定によって、恩恵を被った行政や民間企業からのサービスについて、詐欺行為に当たる可能性もある。
話は変わるが、この「作曲家」の男性の騒動によって、本当であるならば、社会として、もっと大事であるはずの話題がすべて、消し飛んでしまったことは、忘れてはならない。
私が奪還運動を支持している北朝鮮による拉致事件の解決もそれに含まれる。この話題は批難されるべき話題であることは間違いないが、これだけにとらわれて、本当に必要なことを忘れてはならない。
この「作曲家」の男性の騒動は、捜査当局が動くかどうかを注視見守りたいし、今、記者会見を行える精神状態でないとされる「作曲家」の男性が公の場に顔を出し、自らの声でもって、謝罪することを願うだけである。



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Category : 社会コラム, 芸能情報コラム | Comments [0] | Trackbacks [0]








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